池田認知症の分野では近年、“超早期”という言葉がよく用いられますが、超早期とは何を指すのか、最初に整理をしておきたいと思います。
岩田認知症の超早期なのか、認知症性疾患の超早期なのかによって解釈が変わってくると思います。認知症性疾患の超早期ということであれば、認知機能上は正常でも病理学的変化がある状態ということになるでしょう。一方、認知症の場合は現在の定義上、すでに認知機能が低下して日常生活に支障をきたしているわけですから、超早期という定義は意味をなさないという気がします。
池田まったく同感です。認知症という限りは生活障害がでているはずですし、もっと前まで範囲を広げるにしても何らかの症状を呈している状態であることには変わりはありません。ですから認知症においての超早期という言葉は、適当ではありません。一方、病気ということなら、何らかのバイオマーカーで認知症性疾患に特徴的な所見が認められれば、無症状でも超早期として何ら矛盾はないわけです。だからアルツハイマー病(Alzheimer's disease:AD)やレビー小体病(Lewy body disease:LBD)などの病気としてみるのか、状態像である認知症やその前駆段階としてみるのかによって意味合いがまったく違ってきます。
岩田世間一般の理解では、認知症とADは同義になってしまっているので、“認知症の超早期”といった言葉がでてくるのでしょう。そこは認知症専門医の理解と乖離があると思います。
池田DSM-5(米国精神医学会による精神疾患の診断・統計マニュアル第5版)の定義は、dementiaという言葉は用いず、認知症はNeurocognitive disorder(神経認知障害:NCD)という新しい概念に組み込まれています。そのうえでMajor NCDとMild NCDに分類されました。Major NCDとMild NCDは、日常生活機能における自立性のレベルのみで区分けされますが、境界は曖昧で連続性が強調されています。ですから、われわれがADなりレビー小体病なり認知症性疾患をしっかり診断できるのであれば、認知症という言葉が使われなくなる可能性は十分にあるわけです。
岩田そう思います。
池田私はこれまでも、ご本人やご家族への説明の際にアルツハイマー型認知症という言葉を使ったことはほとんどありません。「アルツハイマー病のこういう段階です」という説明をしますし、カルテにもアルツハイマー病と書いています。レセプトに記載する保険病名だけですね、アルツハイマー型認知症という言葉を使うのは。レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies:DLB)という言葉は使っていましたが、DLBは精神症状から始まるタイプ、自律神経症状から始まるタイプ、パーキンソン症状から始まるタイプなど非常に多彩なので、むしろレビー小体病という病気のスペクトラムのなかで説明したほうがご本人もご家族も理解しやすいと思います。ですからレビー小体型認知症という言葉もあまり用いなくなりました。
岩田dementiaという言葉が登場した時代は、脳のなかで何が起こっているのかわからず、とにかく臨床症状だけで診断するしかなかったので、そのような定義になるのは仕方がなかったと思います。バイオマーカーで認知症性疾患が厳密に切り分けられ、無症状の段階から病理学的変化が始まっていることがわかるにつれて、概念も言葉も変遷していくのは自然の流れです。いずれは、有症状のアルツハイマー病、無症状のアルツハイマー病、あるいは有症状のレビー小体病、無症状のレビー小体病といった区分けになるのではないでしょうか。認知機能正常の段階と軽度ながら症状が認められる段階の間で線を引けば良くて、認知症という定義自体は必要なくなっていきます。
池田定義がなくても十分対応していけますね。
岩田ただ、日常生活で困っている人たちをできるだけ早く見つけだし、支援していこうという今日までの流れのなかでは、認知症という定義が必要だったということだと思います。まあ今後も、正確には認知症性疾患を指すことを承知のうえで、あえて“認知症の超早期”という表現をとることはあるかもしれないですね。