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診断の早期化は
何をもたらすのか

専門医対談

池田 学 先生

大阪大学大学院 医学系研究科 精神医学分野教授

1984年
東京大学理学部卒業
1988年
大阪大学医学部卒業
1993年
東京都精神医学総合研究所に国内留学
1994年
兵庫県立高齢者脳機能研究センター研究員兼医長
1996年
愛媛大学医学部精神科神経科助手(田邉敬貴教授)
2000年
ケンブリッジ大学神経科に国外留学
2007年
熊本大学大学院生命科学研究部神経精神医学分野教授
2016年
現職

岩田 淳 先生

東京都健康長寿医療センター 脳神経内科 部長

1993年
東京大学医学部医学科卒業
2002年
東京大学大学院医学系研究科終了 博士(医学)
日本学術振興会特別研究員
2004年
スタンフォード大学ポスドク
2008年
東京大学医学部附属病院分子脳病態科学特任准教授
2010年
科学技術振興機構戦略的創造事業「さきがけ」研究員
2019年
東京大学医学部附属病院 脳神経内科 准教授
2020年
現職

本稿は2018年8月25日 山の上ホテル(東京)で行われた対談をもとに作成しました。

「認知症」としてみるか
「認知症性疾患」としてみるか

池田認知症の分野では近年、“超早期”という言葉がよく用いられますが、超早期とは何を指すのか、最初に整理をしておきたいと思います。

岩田認知症の超早期なのか、認知症性疾患の超早期なのかによって解釈が変わってくると思います。認知症性疾患の超早期ということであれば、認知機能上は正常でも病理学的変化がある状態ということになるでしょう。一方、認知症の場合は現在の定義上、すでに認知機能が低下して日常生活に支障をきたしているわけですから、超早期という定義は意味をなさないという気がします。

池田まったく同感です。認知症という限りは生活障害がでているはずですし、もっと前まで範囲を広げるにしても何らかの症状を呈している状態であることには変わりはありません。ですから認知症においての超早期という言葉は、適当ではありません。一方、病気ということなら、何らかのバイオマーカーで認知症性疾患に特徴的な所見が認められれば、無症状でも超早期として何ら矛盾はないわけです。だからアルツハイマー病(Alzheimer's disease:AD)やレビー小体病(Lewy body disease:LBD)などの病気としてみるのか、状態像である認知症やその前駆段階としてみるのかによって意味合いがまったく違ってきます。

岩田世間一般の理解では、認知症とADは同義になってしまっているので、“認知症の超早期”といった言葉がでてくるのでしょう。そこは認知症専門医の理解と乖離があると思います。

池田DSM-5(米国精神医学会による精神疾患の診断・統計マニュアル第5版)の定義は、dementiaという言葉は用いず、認知症はNeurocognitive disorder(神経認知障害:NCD)という新しい概念に組み込まれています。そのうえでMajor NCDとMild NCDに分類されました。Major NCDとMild NCDは、日常生活機能における自立性のレベルのみで区分けされますが、境界は曖昧で連続性が強調されています。ですから、われわれがADなりレビー小体病なり認知症性疾患をしっかり診断できるのであれば、認知症という言葉が使われなくなる可能性は十分にあるわけです。

岩田そう思います。

池田私はこれまでも、ご本人やご家族への説明の際にアルツハイマー型認知症という言葉を使ったことはほとんどありません。「アルツハイマー病のこういう段階です」という説明をしますし、カルテにもアルツハイマー病と書いています。レセプトに記載する保険病名だけですね、アルツハイマー型認知症という言葉を使うのは。レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies:DLB)という言葉は使っていましたが、DLBは精神症状から始まるタイプ、自律神経症状から始まるタイプ、パーキンソン症状から始まるタイプなど非常に多彩なので、むしろレビー小体病という病気のスペクトラムのなかで説明したほうがご本人もご家族も理解しやすいと思います。ですからレビー小体型認知症という言葉もあまり用いなくなりました。

岩田dementiaという言葉が登場した時代は、脳のなかで何が起こっているのかわからず、とにかく臨床症状だけで診断するしかなかったので、そのような定義になるのは仕方がなかったと思います。バイオマーカーで認知症性疾患が厳密に切り分けられ、無症状の段階から病理学的変化が始まっていることがわかるにつれて、概念も言葉も変遷していくのは自然の流れです。いずれは、有症状のアルツハイマー病、無症状のアルツハイマー病、あるいは有症状のレビー小体病、無症状のレビー小体病といった区分けになるのではないでしょうか。認知機能正常の段階と軽度ながら症状が認められる段階の間で線を引けば良くて、認知症という定義自体は必要なくなっていきます。

池田定義がなくても十分対応していけますね。

岩田ただ、日常生活で困っている人たちをできるだけ早く見つけだし、支援していこうという今日までの流れのなかでは、認知症という定義が必要だったということだと思います。まあ今後も、正確には認知症性疾患を指すことを承知のうえで、あえて“認知症の超早期”という表現をとることはあるかもしれないですね。

臨床症状とバイオマーカーに関するDLB診断基準の課題と先進性

池田2017年に改訂されたDLBの臨床診断基準は非常に厳密なものですが、認知機能の低下があることが前提(中心的特徴)とされています。しかし、われわれは日常診療で、たとえば幻視あるいはレム期睡眠行動異常症しかみられないが、指標的バイオマーカーでDLBに特徴的な所見を認め、間違いなくDLBに進むと思われる方をたくさん診ています。しかしそういう方は認知機能の低下がないので臨床診断基準上はDLBと診断できません。認知症サポート医の先生方などからもよく「どう呼べばいいのですか?」と聞かれますが、それこそレビー小体病としたほうがいいわけですよ。

岩田認知症ではないのに認知症という診断名を付けなければいけなくなってしまいますからね。

池田2018年にNIA-AA(米国立老化研究所とアルツハイマー病協会)が発表したADの診断基準(19ページ参照)では、岩田先生のご専門の非常にサイエンティフィックな技術も含めてバイオマーカーを駆使し、認知機能障害の有無にかかわらず病態を定義しています。これに対してレビー小体病は、認知機能障害以外の臨床症状がかなり早期からでてくるので、かかりつけ医の先生方でもわかりやすいのです。

岩田臨床現場ではむしろわかりやすいですね。

池田たとえば大声で寝言を言う、便秘が続く、市販の風邪薬でももうろうとなる、といった多彩な臨床症状がドラマティックにでてくるので、あくまで有症状ということを軸にすれば、レビー小体病の方が早期に捉えられる可能性が高いと思います。
 さらに言うと、DLBの2017年の臨床診断基準では、DATスキャン、MIBG心筋シンチグラフィ、睡眠ポリグラフ検査という、神経内科医や精神科医が日常臨床でふつうに使う検査が、『指標的バイオマーカー』として中核的な臨床症状と同等に位置づけられています。これは画期的なことですよ。ある意味ではADに先行しているといえます。いずれ自動的にDLBの診断基準から認知機能低下という前提がはずれるかもしれません。

岩田NIA-AA 2018に関しては、タウPETがほぼ実用化されるだろうという段階まできたので、こうしたフレームワークが可能になりました。ここで一番重要なのは、アミロイドが陰性でタウが陽性の人たちが一定割合でいるということです。たとえば85歳以上で、記憶障害だけがずっとあり、まったく進行しないようなタウオパチーの人が、このフレームワークで定義できるわけです。そういう人たちはADではないのでAD治療薬は投与しない、という方向に向かうことが、このフレームワークが実臨床で運用されるとした場合の私の希望です。

池田アミロイド陰性でタウ陽性という人は、高齢者ではおそらくかなり多いと思います。

認知症のごく早期の段階で
何をアドバイスするか

池田認知症の方の受診傾向はこの20年で劇的に変わりました。1999年にアルツハイマー型認知症の治療薬が日本で発売され、翌2000年に介護保険制度が始まったことがブレークスルーとなり、比較的軽度の認知症の方が受診されるようになりました。さらにこの5年、10年は、認知症の専門外来であればふつうにごく早期の認知症の方も受診されますし、ひとりで来られる方もけっこういます。ADL(日常生活動作)はほぼ自立しており、大学病院の複雑な受診手続きも自分ですまされるような方がかなりの割合で含まれるようになりました。20年前には考えられなかったことですよ。

岩田無症状の方が心配して来られるケースも増えていますね。以前とは違い、今は無症状であっても背景病理が進んでいるかもしれないということを念頭に話をしなければなりません。たとえば、自分の親がアルツハイマー型認知症なので心配という方は、ADの遺伝的リスク因子であるApoE4保因者かもしれません。そういったことも考慮しつつ、何らかの方向性を示す必要がでてきました。そういう点が大きく変わったと感じています。

池田そうですね。同様に、症状が非常に軽微で薬物治療の対象ではないが、今後認知症に進みそうな方に対しては「様子をみましょう」だけで終らせることはできません。せっかく早く受診してくださったのですから、発症・進行を抑えるような生活面のアドバイスは当然しなければいけません。やるべきことはいっぱいあります。自動車運転にしても、「早く来ていただいたのですぐにやめる必要はありませんが、もしかすると数年後にはやめざるを得なくなるかもしれないので、今からゆっくり準備をしていきましょう」といったお話をすることは非常に大事です。

岩田認知症に進むか進まないかを100%予測することはまだできませんが、進むことを前提に考えてもらわなければいけない方はたくさんいます。その方たちにどんな準備をしていただくかですよね。たとえば、「いずれ物盗られ妄想がでるかもしれませんが、そのときに周囲が強く否定するとご本人が激高して逆効果なので、否定しないでください」といった対処法をご家族に事前にお話しておくこともできるわけです。疾患の進行を予測し、その方の人生をより良い方向に導いてさしあげるという意味でも、早く受診していただくことはとても重要です。

池田専門医であれば、そのような軽度に認知機能が低下している状態がADによるものなのか、レビー小体病によるものなのか、脳血管障害によるものなのか、といったことはだいたい推測がつきます。そのうえで、何年か後の状態を予測し、アドバイスをするというところまでいくのは簡単ではありません。簡単ではありませんが、専門医の醍醐味でもあると思います。

寄り添いながら、日常生活の変化と
身体合併症に目を向ける

池田将来的に認知症になるリスクについて詳しく説明を受ければ、誰しも不安になると思います。心理的なサポートも含め、その後のフォローアップも必要になりますね。

岩田フォローアップで重要なのは、日常生活で変化がないかをみることです。家事ができているか、ご飯がつくれているかといったことをしっかり判断する必要があります。それは専門医でなくても、あるいは医師でなくても可能だと思います。

池田ただ、できれば同じ人がフォローすべきでしょうね。認知症のごく早期には、認知機能にしてもADLにしても、正常域のなかでゆっくりと低下していきます。もともとのレベルも当然異なるので、1年前と比べてどうなのかを同じ人がみることが大切です。

岩田私の場合、以前は半年間隔のフォローをよくしていたのですが、軽度の方は半年では変化がみられないことが多いので、今は基本的に、「1年後にまたお会いしたいです。あるいは、日常生活で大きな変化があったとご家族が判断された場合はいらしてください」とお伝えしています。

池田寄り添うことが大切ですね。これは特にかかりつけ医の先生方にお願いしたいのですが、高齢のADの方の場合、それだけで急速に病気が進行することはまずありません。多くは身体合併症によって入院したときなどに急激に認知機能の低下が進みます。ですから、医師・患者間の信頼関係を維持しつつ、絶えず何か新しい病気が生じていないかチェックしていただくことが基本中の基本だと思います。

メタボリックシンドロームは
なぜ治療に値するのか

岩田私は、無症状の段階で薬剤による介入を行う意義を考えるため、このようなシェーマ()を作成しました。私たちは健康診断でメタボリックシンドロームと言われることがありますし、それより重い高血圧や脂質異常症、糖尿病という診断名がつけられることもあります。それらの状態には幸い、治療方法が存在しますし、実際に積極的に治療が行われています。

図: When to intervene? (疾患治療の介入ポイントと方法は?)

AD(Alzheimer's Desease:アルツハイマー病)の病期分類と既存の成人病との関係。メタボリックシンドロームは当然のこと、高血圧、脂質異常症、糖尿病ではほとんど自覚がないにも関わらず介入する理由はただ一つである。その後に待ち受けている不可逆的な臓器障害を予防するためである。ADも認知症という段階に至ってしまうと同様の結果となる可能性がある。このため、より早期の段階での介入に効果があるかどうかが現在の焦点となっている。

岩田 淳先生 提供

池田その理由は、この図にあるように、メタボリックシンドロームないし高血圧、糖尿病といった段階で治療をすれば、心疾患や梗塞、失明などを予防できることが明らかになっているからですよね。

岩田おっしゃる通りです。そこで認知症という状態がメタボリックシンドロームにおける終着点の障害と同様だと考えれば、何らかの症状が出現した段階、あるいはまだ本人に自覚がない段階で治療介入することは、おかしな話ではまったくありません。

池田同じ理屈で、何らかの非薬物的介入により、ADのごく早期や発症前の段階で進行を食い止められるという確かなエビデンスが得られれば、健康維持のために早期診断を望まれる方が増えると思います。認知症のイメージも、高血圧や糖尿病に近いものになるのではないでしょうか。ただ残念ながら、現在はエビデンスが非常に脆弱です。

岩田現時点での現実的な対応策の一つは、認知機能障害があっても、その方が日常生活でできるだけ困らないですむような仕組みを社会でつくっていくことなのでしょうね。身体障害がある方の日常生活を支えるために、点字ブロックの導入やエレベータの設置を進めるのと同じ考え方です。

診断だけが前倒しされ
支援とのギャップが開かないように

池田社会の仕組みということで、介護保険制度の開始時に比べ、今のサービスはかなり充実していると思います。ただ、診断が早まれば早まるほど、今用意されているサービスを利用できる時期、あるいはそうしたサービスの利用にふさわしい状態になるまでの期間が長くなります。いわゆる空白期間ですね。空白期間の暮らしをいかに支えるかということは非常に大きな問題です。その人の年齢や状態、性格などに合ったサービスをいかに提供できるか。みんなで集まってダンスをするのが悪いとはもちろんいいませんが、今の私が「明日からダンスに参加しましょう」と誘われても、絶対に無理です(笑)。

岩田仮に池田先生が私のところに受診され、ごくごく早期の認知症と判定し、サービスの利用を勧めても、「行きたくない」と言われたらどうしようもありません。どうしてさしあげたらいいのかわからないですよ(笑)。

池田これは多職種で考えなければいけない問題です。もちろん医師は明確なビジョンと責任を持たなければいけませんし、ソーシャルワーカーや作業療法士といった専門職の方々も、それぞれの専門知識や技術を生かし、その人に合った就労支援なりリハビリテーションなりのサービスを整えていくことが必要です。たとえば、ごく初期の方にとってヘルパーさんの存在は非常に貴重です。話し相手になってもらえるし、見守りもしてもらえる。ふつうに接していただくだけでありがたくて、家事に手を出す必要はそれほどありません。むしろご本人に調理や掃除はお任せした方が、認知機能やADLの低下を防げます。しかし、実際はヘルパーとして自宅を訪問した限りは、掃除も料理もしなければいけない、そのようなトレーニングを受けているというのが実状です。

岩田そもそもサポートが必要なのかという問題がありますよね。「自分でできるのに何で支援されなければいけないのか」というプライドを持たれている方を診る機会が今後増えていくと思うので、ご本人の意思、ご本人ができることというものを尊重しなければなりません。

池田それぞれ状態も違うし、もともとの価値観も異なるなかで、岩田先生がおっしゃるようにご本人の思いを尊重しつつ、必要な部分だけをサポートしていくというのは相当な技術が必要だと思います。

岩田私は日本でなら、公的支援の枠組みのなかで、きめ細やかなサポートを提供する社会モデルが構築できるのではないかという気がします。

池田期待したいですね。逆に油断していると、診断だけが前倒しになり、本当に必要なサポートとのギャップがどんどん大きくなる可能性もあります。

岩田自分に合った医療を求めるがん難民のような状態が生じる危険性はありますね。

池田今後、今日話題になったような困難で複雑な問題に直面することは間違いありません。私たち専門医の役割と責任はますます大きくなると思います。