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認知症施策認知症とともに生きる人々が、
希望と尊厳を持って暮らせる社会へ

Awata Shuichi
粟田 主一 先生

東京都健康長寿医療センター研究所
自立促進と精神保健研究チーム 研究部長

1984年
山形大学医学部卒業
2001年
東北大学大学院医学系研究科精神神経学分野助教授
2005年
仙台市立病院神経科精神科部長 兼 認知症疾患センター科長
東北大学医学部公衆衛生学非常勤講師(兼任)
2009年
東京都健康長寿医療センター研究所
自立促進と介護予防研究チーム研究部長
2013年
東京都健康長寿医療センター
認知症疾患医療センター長(兼任)
2015年
東京都健康長寿医療センター
認知症支援推進センター長(兼任)

取材:2018年8月6日 東京都健康長寿医療センター

孤立を解消し、包摂する社会へ―Dementia Friendly Communities

Dementia Friendly Communities(DFCs)。認知症に対する偏見や差別のない社会、認知症とともに生きる人々が包摂される社会を意味する言葉である。日本では「認知症にやさしい地域」と表現されることが多い。2015年公表の『認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)』でも、「認知症高齢者等にやさしい地域づくりに向けて」とする副題が掲げられている。

DFCsという言葉が最初に用いられたのは、スコットランド・アルツハイマー病協会が2001年に作成した『Creating Dementia-Friendly Communities;A Guide』だと思います。そもそもなぜDFCsが必要とされたのか。その理由は冒頭に示され、第一章は「認知症を持つ人々は社会から排除されていると感じており、本人もケアラーも孤立していると感じているからである」という趣旨の記述から始まっています。

DFCsの実現に向け、スコットランドでは2002年にスコットランド認知症ワーキンググループ(SDWG)が設立され、当事者が政策決定に関与しようという動きが出始めます。2009年には超党派の議員グループが、『認知症の人々とケアラーのための権利憲章』を作成。国連障害者権利条約に準拠したPANEL原則(図1)に基づいたアプローチを、認知症領域に適用することを求めました。2011年には、当事者の意見を取り入れた『認知症ケア基準』(図2)も策定されました。

粟田 主一先生 提供

図1: PANEL原則(抜粋)

認知症の本人とケアラーは、認知症のステージや居場所を問わず以下の権利を有する

Cross-party Group in Scottish Parliament on Alzheimer's:Charter of Rights for People with Dementia and their Carers in Scotland. Alzheimer Scotland, Edinburgh, 2009—Available at:https://www.alzscot.org/assets/0000/2678/Charter_of_Rights.pdf

図2: スコットランド 認知症ケア基準(抜粋)

Scottish Government: Standards of Care for Dementia in Scotland. June 06, 2011. Available at: http://www.gov.scot/Resource/Doc/350188/0117212.pdf

スコットランド以外にも、たとえばベルギーでは2010年に同国の一都市であるブルージュで、NPOを中心にDementia Friendly Cityと呼ばれる活動がスタートしました。現在はイングランドやオランダ、台湾など世界各国で、DFCsの理念の実現をめざした活動が展開されています。

イングランドでは2009年、スコットランドでは2010年にそれぞれ認知症国家戦略が発表されました。ほかにもフランスやオーストラリアなど、各国がこの時期に国家としての認知症の政策方針を打ち出しています。日本でも2012年に『認知症施策推進5カ年計画(オレンジプラン)』がまとめられました。

こうした動きの背景には2つの流れがあります。一つは、認知症の人の権利が侵害されている状況を変えていこうという意識の高まり。もう一つは、認知症の増加は国家経済に大きな影響を与えるため政策の優先課題とすべきという考え方です。たとえば、スコットランドの認知症国家戦略は前者が、オレンジプランはどちらかと言えば後者が重視されていました。

とはいえ日本でも、水面下では認知症の人の権利を守ることをめざした動きはありました。オレンジプランが策定された2012年には、すでに当事者研究会が組織されていて、2014年10月には日本認知症ワーキンググループ(JDWG)が設立されます。こうした流れが、2015年1月の新オレンジプランの策定へとつながりました。当事者の声、思いはしっかりと国に届き、新オレンジプランではプラン全体を貫く理念として、7つの柱の最後に「認知症の人やその家族の視点の重視」という柱が掲げられました。認知症施策の立案に当事者が参画するという方向性が明確化されたことは、特筆すべきといえるかもしれません。法整備に関する議論も進められています。

権利が実現されない状況を変える―Rights-Based Approach

DFCsの根底には、Rights-Based Approach(RBA、権利ベースのアプローチ)の考え方がある。すなわちRBAを基礎にして、認知症とともに生きる本人や家族、地域社会を構成する人々が希望と尊厳を持って暮らせる社会を創出しようとすることが、DFCsの本質といえよう。

RBAは国連の国際開発援助の領域で1990年代から提唱され始めました。国際的な人権に関する法体系の基準や原則を、開発援助の計画や過程に取り入れようとする考え方です。

飲み水がないから清潔な水を確保する―何らかのニーズがあり、それを満たしていくのが、開発途上国における一般的な開発援助のあり方です。しかしRBAは違います。ニーズが満たされない状況を権利の否定ととらえ、それを標的とした援助を行うことを基本とします。権利が実現されない状況を徹底的に分析し、単にニーズを満たすだけでなく、状況そのものを変えるような援助を行います。なぜ飲み水がないのか、確保できないのか、すなわち飲み水を得る権利が侵害されているという状況にフォーカスを当て、根本からの問題解決をめざすアプローチがRBAなのです。

精神保健福祉医療の領域に最初にRBAを導入したのは、おそらくスコットランドです。2000年に精神福祉委員会が州立病院の患者処遇について批判的報告書を作成したことがきっかけとなりました。身体拘束や栄養面に配慮されていない食事など、そもそもそうした状況がなぜ生まれたかを分析し、ケアや食事のあり方を変えていくという試みを始めます。

スコットランドではその後、同様のアプローチを認知症領域においても行うべきとする機運が高まります。それが先の『認知症の人々とケアラーのための権利憲章』や『認知症ケア基準』へとつながったのです。スコットランドでは、認知症ケア基準で掲げる一つ一つの権利が確保されているか、ということをアウトカムにした施策がすでに実施されています。

国内に目を転じると、新オレンジプランでは「認知症高齢者等にやさしい地域づくりに向けて」という、権利ベースの副題が掲げられています。しかしその中で示されている15項目の数値目標は、認知症サポーターやサポート医の養成数など、いずれも資源の数です。プランの理念を実現するためには、診断率やサービスへのアクセス率など、スコットランドと同じようにRBAの観点からアウトカム指標を定めた施策の立案が、今後必要になってくるのではないでしょうか。

情報がなく、支援の手も不足―高島平地区におけるモデル事業

粟田先生らのチームは、東京都の受託研究事業として2016、17年に『認知症とともに暮らせる社会に向けた地域ケアモデル事業』を行った。同事業は、認知症高齢者の生活実態を把握する観察研究、実際に支援を行い、その効果を検証する介入研究で構成される。

観察研究では、板橋区の高島平地区に住む70歳以上高齢者を対象に三段階の調査(対象者:一次7614名、二次2020名、三次198名)を実施。そこから見えてきたのは、社会から孤立しがちであるなど、認知症高齢者が厳しい状況に置かれている実態だった。

二次調査では、MMSE23点以下の高齢者は認知機能低下を認めない高齢者に比べて、身体的および精神的健康状態が悪く、複合的な機能低下を抱えている人が多いことがわかりました。また、前者は社会活動への参加、家族や友人らとの社会的交流の頻度が少なく、孤立しやすい状況にあることもうかがえました(図3)。認知機能の低下は社会的交流の減少を招き、それが情報や社会支援サービスへのアクセスを困難にしている可能性があることも示唆されました。

図3: 社会活動、社会的交流の頻度

平成28 29年度 認知症とともに暮らせる社会に向けた地域ケアモデル事業報告書P77より

三次調査では198名のうち78名が認知症の状態にありました。認知症であるにもかかわらず、医療機関で診断を受けているのは4割、さらに6割は要介護認定も受けていませんでした。つまり、先の認知症ケア基準における、診断を受ける権利やケアやサポートにアクセスする権利が侵害されている状況にあるといえるわけです。

なぜそうした状況が生まれるのか。まず挙げられるのが、受診やサービス利用につながる情報がないということです。社会支援の利用を援助する担い手が不足していることも背景にあると考えられました。この状況を変えるためにはどのような施策が必要なのか。そのために実験的に行ったのが介入研究です。

介入研究の対象は、認知機能が低下し、かつ何らかの社会支援ニーズがある70名。生活の継続に必要な社会支援を多職種協働で本人の視点から統合的に調整する“コーディネーション”を実践した。また、社会支援を相互に提供可能な地域社会の構造を創出する“ネットワーキング”を推進するため、相談応需や連携推進、人材育成の機能などを有し、地域の人たちが気軽に立ち寄ることもできる拠点(高島平ココからステーション)を設置した。

6カ月後に行った評価では、コーディネーションが社会支援ニーズの充足につながること、高島平ココからステーションが拠点として期待される機能を果たせていることが確認できた。

観察研究では情報を得づらい実態が明らかになりました。この問題に対し、たとえば事前にパンフレットを作成、配布するなどしても、その人がその時点で必要とする情報が記載されていなければ、おそらく捨てられてしまうでしょう。情報というのは必要なときにあってこそ情報なのです。今回の介入研究では高島平ココからステーションを設置しましたが、地域に「あそこなら情報が得られる」という拠点を設けることが非常に重要だと思います。

いずれにしても6カ月という限られた期間で、本研究における支援の意義を評価するのは困難です。コーディネーションやネットワーキングのための活動は現在も継続しています。

また、認知症診断を境に、支援の在り方が変わってしまうという現状があります。生活者という観点で、認知症になる前からOne Stopで行える支援は、本人の利益、不利益を理解して、権利という観点で検討していかなければならないことだと考えています。