実際に個々の症例には使われなくても、進歩したバイオマーカーが日常臨床にメリットをもたらすことがわかりました。
バイオマーカーというと最近は髄液やPETの話になりますが、そもそもCTやMRIもバイオマーカーなわけです。1980年代に、CTで見るとAD患者の脳が萎縮しており、その程度が重症例では強いと発表されたのがバイオマーカーの走りといえるでしょう。それまでは、理由はわからないが記憶障害が強い人がいる、という程度の認識だったのが、CTの普及によって日常的に海馬の萎縮を捉えられるようになりました。当時の臨床医の先生方にとって、ADを診断するうえで大きな自信になったと思います。
多発性硬化症についても同様です。若い女性に多く、いきなり手足に力が入らなくなる。血液検査やCTでは異常が認められないため、ヒステリーだろうと考えられていたのが、MRIの登場によって白質病変が検出されました。そうなると自信を持って器質性の疾患と言えるわけです。
また、大脳皮質基底核症候群(CBS)は背景病理が非常に多彩で、ADスペクトラムの一部なのか、non-ADタウオパチーなのか、それ以外の病理なのか、臨床像から見分けることは困難でした。なぜかというと一つには、剖検を待たないと答え(病理)がわからないため、前方視的解析が難しかったからです。しかしアミロイドPETやタウPETによって生前に病理学的分類が可能になったことで、近年はCBSの背景病理による脳萎縮のパターンや臨床症状の特徴などについて多くの報告が上げられています3)(参考:図1)。
少し前まで、画像技術に関してのホットトピックはnon-ADタウオパチーでした。しかし、2019年7月にロサンゼルスで開催されたアルツハイマー病協会国際会議のイメージングセッションではnon-AD、non-タウオパチーが注目を集めていました(参考:図2)。アミロイドがネガティブ(非AD病理変化)、かつタウもネガティブ(非タウオパチー)。しかし脳は萎縮し、認知症を呈している。おそらくその多くはLATE(limbic-predominant age-related TDP-43 encephalopathy)と呼ばれるTDP-43プロテイノパチーなどなのでしょうが、アミロイドPETやタウPETの登場によって初めてそのような病態が臨床的に認知され、生前の脳萎縮のパターンや脳循環代謝異常のパターンなどが盛んに研究されています。そのように、新しいバイオマーカーが出てくることで見えてくる世界というものが必ずあるのです。
バイオマーカーと臨床症状との関連が注目されている一方、バイオマーカーと重症度との相関についてはいかがでしょうか。
個人内における重症度の変化の指標なのか、絶対的な指標なのかによって話が違ってきます。個人内の指標であればCTやMRIでいいわけです。認知機能障害の進行と脳萎縮はパラレルの関係にありますから。しかしインターサブジェクトとなると、脳萎縮が強い人は認知機能障害もより重度かというとそうではありません。つまり構造画像による脳容積評価は重症度の絶対的指標にはならないのです。
ではアミロイドPETはどうか。Aβの集積はMCIの段階でプラトーに達している4)ので、やはりADの重症度とはさほど相関しないことが知られています5)。
一方、われわれは、11C-PPB3を用いたタウPET研究により、認知機能障害の重症度が11C-PPB3集積の程度と部位に関連することを確認しています6)。したがってタウはADの重症度の客観的バイオマーカーになり得るわけです。
また、脳脊髄液および血中のNFL(Neurofilament light chain)も、神経障害の有望なバイオマーカーとして期待されています。
島田先生はよく、バイオマーカーの意義と同時に限界も知らなくてはいけないと話されています。
どのようなバイオマーカーも検査指標であり、検査である限りは感度・特異度に必ず限界があります。たとえば、MCIの段階では3人に1人はMRIで異常が出ないと報告されています(図3)7)。脳血流SPECTや髄液バイオマーカーも感度100%には至りません。アルツハイマー病ではなくても、加齢に伴いアミロイドPET陽性になることもあるわけです。理由の一つは多様性です。
少し冗談めいた話になりますが、“関西人の診断基準”をつくることはできるでしょうか。「週に3回以上、粉物を食べる」「吉本新喜劇の芸人を5人以上言える」「目の前でボケられると5秒以内に突っ込みを返す」といった質問項目を10個設け、4個以上該当すれば“possible 関西人”、6個以上なら“probable 関西人”とするとします。でも、先祖代々大阪住民であっても1個も該当しない人もいれば、関西に縁もゆかりもないのに10個すべてがYESの人もいるかもしれません。それが多様性というものです。健康な人でもそれだけ多様なのに、病気の人が均一であるわけがない。
多様な疾患の、グラデーションを持った変化の中で線引きをする以上、必ずアウトライヤー(外れ値)が出てきてしまいます。このことをみなさんよくご存知のはずなのに、アミロイドPETや髄液バイオマーカーとなると絶対的に信頼してしまう。それはとても危険なことだと思います。
そうした中、血中のAβあるいはタウといったバイオマーカーの開発も進められています。
良い面と危うい面があります。血液バイオマーカーが嘱望されているのは、侵襲性が低く、安価でより多くの患者さんに使用できるからであって、PETや髄液検査よりも感度・特異度を上げることを目指して開発されているわけではありません。プライマリーケアでも実用可能な簡便で侵襲性の低い検査が現実味を帯びつつあるからこそ、バイオマーカーにも限界があることを、かかりつけ医の先生方にも知っていただく必要があります。
どんなに優れたツールであっても、それを使って判断するのは臨床医であり、ツール任せにはできません。臨床医としての責任を認識しつつ、「バイオマーカーから学ぶことも多い」という謙虚な姿勢で臨む。そのようなスタンスが求められています。
1)Fillenbaum GG et al.: Alzheimers Dement. 2008; 4(2): 96-109
2)John F. Crary et al.: Acta Neuropathol. 2014; 128(6): 755-766
3)JB Parmera et al.: Dement Neuropsychol. 2016; 10(4): 267-275
4)Jack CR Jr et al.: Neurology. 2013; 80(10): 890-896
5)Villemagne VL et al.: Semin Nucl Med. 2017; 47(1): 75-88
6)Shimada H et al.: Alzheimers Dement (Amst). 2016; 22(6): 11-20
7)Morinaga A et al.: Dement Geriatr Cogn Disord. 2010; 30(4): 285-292