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心理社会的視点IADLから見えてくる、
早期認知症の人の心理とサポートのあり方

認知機能の低下が始まると、まず生活にどのような変化が起こるのだろう。どのような不安や躊躇が生じるのだろう。そして認知症の人に対する二つの偏見とは何なのか。精神科医の稲村先生に、IADL(日常生活活動)をキーワードに解説していただいた。

Inamura Keisuke
稲村 圭亮 先生

東京慈恵会医科大学精神医学講座

取材:2019年7月23日 東京慈恵会医科大学(東京)

ADL障害の程度によって認知症とMCIを区別する

2013年に改訂された米国精神医学会による操作的診断基準DSM-51)では、「日常生活機能における自立性のレベル」が注目されています。これについてどのような印象をお持ちでしょうか。

アルツハイマー病(AD)を中心とした神経変性疾患に伴う認知症の診断技術が向上し、早期治療、早期介入の意義が啓発されています。そうしたなか、私たち精神科医としては、認知症の不安を抱える人の日常生活の変化、あるいは認知症と診断された際の心の変化を見逃してはいけないと思っています。

DSM-5が従来版のDSM-Ⅳと大きく異なる点の一つは、「Dementia」という用語を用いなくなったことです。「Dementia」の語源はラテン語の「de-mens」ですが、この言葉には「知性がない」「正気からはずれる」といった意味があります。偏見を助長する表現として、DSM-5では「Neurocognitive Disorders:NCD(神経認知障害)」に呼称変更されました。

そのうえで重症度に関しては、「Major NCD(日本における認知症)では、以前は自分でできていたことを他人がとって代わらなければならないほど自立性が妨げられる」「Mild NCD(日本におけるMCI)では、自立性は保たれているものの服薬管理などの複雑なADL(Activities of Daily Living : 日常生活活動)にはかすかな障害がみられたり、以前より努力や時間を要したりする」と明記されています。認知症とMCIの重要な相違点として、ADL障害の程度に着目しているわけです。

従来は、認知症イコール記憶障害というイメージがありましたが、DSM-5では違う捉え方をしているようですね。

DSM-5では、認知機能を「複雑性注意」「実行機能」「学習と記憶」「言語」「知覚一運動」「社会的認知」の6領域に分類し、記憶障害だけでなくかなり広い範囲で認知機能を捉えるようになりました。様々なタイプのMCI、認知症を包括できる概念になっていますし、おそらく特定の認知機能障害があるMCIの人が将来的にどのタイプの認知症に移行するのかを検討する、という目的もあるのだと思います。

DSM-5における認知症の診断基準では、「以前の行為水準から有意な認知の低下がある」とする根拠の一つとして、「本人、本人をよく知る情報提供者、または臨床家による、有意な認知機能の低下があったという懸念」を挙げています。新たに情報源が具体的に記述されたわけですが、自分自身で「何かおかしい、前とは違う」と感じることも判断要素に加えた点についてはどうお考えですか。

より早期での診断、介入を目指してのことなのでしょう。一方で、主観を重視することが過剰診断を招き、本人の不安が余計に惹起されて抑うつ状態を呈したり、家族にも動揺を与えたりする可能性もあります。主観的なもの忘れなどは、ごく早期の診断における重要な判断材料になりますが、過剰診断にならないよう臨床医は注意すべきだと思います。

IADLはMCIの段階から障害され、予後に影響を及ぼす

DSM-5ではADL障害の程度が重視されているということですが、具体的にはどのような点に着目すればよいのでしょうか。

ADLはその質によってBasic ADL(BADL)とInstrumental ADL(IADL:手段的ADL)に分類されます。BADLは日常生活を送るために最低限必要な動作を含む活動であり、具体的には食事、排泄、入浴、整容、衣服の着脱などが含まれます。一方、IADLはより複雑で高次な活動を指し、具体的には買い物、洗濯、掃除などの家事全般や、金銭管理、服薬管理、交通機関の利用、電話の応対などが含まれます。

一般的に、BADLは認知機能の障害が重度になるまで保たれるとされますが2)、IADLの障害はMCIの時点で認められるとされています3)

Schmitter-Edgecombeらは、Day-outタスクとして、現実の環境における1日を設定し、様々なタスクをMCI群と健常群に課しました4)。タスクの内容は、バスルートの計画、バス運賃の用意、バスを利用するために家を出る時間の決定〔バス停まで徒歩で15分〕、乗り物酔いの薬の服用、バスで読む雑誌の選択、ピクニックに必要な特定のアイテムの梱包などです。結果として、MCI群では健常群と比較してより多くの時間を要し、タスクにおけるミスも多いことが報告されています。

MCI患者におけるIADLの障害は認知機能障害の増悪因子となることも示唆されています5)。Peresらは2年間の追跡調査にて、IADL障害を有するMCI群とIADL障害を有さないMCI群を比較した結果、IADL障害を有する群では30.7%が認知症にコンバートし、一方でIADL障害を有さない群ではコンバート率は7.8%に留まると報告しています6)

また、われわれの研究から、女性の認知症患者のIADL障害がもの盗られ妄想の出現と関連していることが明らかとなりました7)

「動作」か「活動」か「できない」のか「しない」のか

患者さんのほうからIADLの障害を訴えるケースは多いのでしょうか。

患者さんから語られることは少ないですね。受診動機として多いのはやはり記憶障害です。ただ、患者さんと十分な関係性が構築できたうえで、「あなたの趣味は何ですか?」とか「今まで何を楽しみにされてきましたか?」と聞き、「最近はそれをされていますか?」と尋ねると、「今はしていない」「そういう活動には参加しなくなった」と話す方々が少なからずいます。記憶障害が出たとしても、そのように今までの日常生活が送れなくなるわけではありません。これに関してみなさんに質問ですが、「ADL」をどのような日本語に置き換えていますか?

「日常生活動作」でしょうか。

一般的にはそうですよね。私たちは、「Activities of Daily Living 」の「Activities」を「活動」と理解し、MCIとIADLの関係を検討した論文でも「日常生活活動」という用語を用いています8)。「動作」では受け身的な意味合いが強いので、まず訳語を変えることで自発的な「活動性」に注目していくことが大切ではないかと考えたからです(図1)。

たとえば、記憶障害のために約束をすっぽかしてしまったり、物を置いた場所を忘れてしまったりしたとしても、それだけで何か社会的に大きな障害がもたらされることはまずありません。約束や物を置いた場所を忘れたことで誰かに非難されたり、自分が恥ずかしいと感じたりすることで、本来はできるはずの日常生活活動ができなくなっている、というケースが多いように思います。

認知症の人も、周囲がある程度セッティングしてあげればもちろん旅行に行くことができます。「動作」としては可能です。しかし、旅行先で何か失敗をしたり、同行者に迷惑をかけているのではないかという不安があると、旅行に行かなくなります。認知症やMCIの人が料理をつくらなくなるのは、実行機能障害のためかもしれませんが、もしかするとそれに加えて、料理の手順に迷った経験からくる不安のために躊躇しているのかもしれません。

「旅行に行けなくなった」「料理ができなくなった」のか、「旅行に行かなくなった」「料理をしなくなった」のか、というところの違いですね。

ええ、そうした心理的な背景は、既存の評価スケールでは把握できません。その人の生活環境や生きてきた人生のなかで、何かIADLに影響を及ぼすような社会・心理的な要因はなかったか、詳しく聴取することも大切ではないかと感じています。

失敗の経験から不安を抱き、今まで続けてきた活動を止めてしまっている人に対して、どのような声掛けをされているのでしょうか。

「もの忘れや買い物に行って計算に困るといった現象は、加齢に伴い大なり小なり誰にでも生じるものです。それを恥と感じて閉じこもるのももったいないですし、少し元の生活に戻ってみませんか」「あなたが今までしてきたことを続けてください。そのための治療です」といったことを常にお伝えしています。IADLを維持することはQOLを保つためにも重要ですし、失敗の不安から閉じこもっているような人は、背中を押してあげることでIADLが改善する場合もあります。「ミスしてもいいんですよ」と安心させてあげることが、認知症診療の本来の役割ではないでしょうか。

日常生活活動における失敗を恥と感じてしまう背景には、認知症と診断されることで「この人は認知症だからこれができなくても仕方がない」といったレッテルを貼られてしまうという感情があるのではないかと思っています。

先ほど、DSM-5では偏見を助長しないように「Dementia」から「Neurocognitive Disorders」に変更されたというお話がありました。同様に偏見の払拭を企図して、アルツハイマー協会では「Brain health」といった言葉も使われるようになってきているようですが。

診断名や呼称が変わることで、患者さんやご家族が少し受け入れやすくなるかもしれない、とは思います。ただ一方で、本質を理解しない限りは実質何も変わりません。

認知症の人に対する偏見には二つあり、一つは、「あの人は認知症だから何もできないんじゃないか」「手助けが必要なんじゃないか」と決めつける「周囲の過小評価」です(図2)。もう一つは、「認知症だけど意外に普通にしているんですね」という本人の苦労がわからない「周囲の過大評価」です。

過小評価による偏見は、認知症に関する正しい知識を持つことで解消できます。しかし過大評価による偏見は、善意によるものであるだけに、知識だけではなかなか解消できません。私たちは無意識のうちにそのような偏見を持ち合わせてしまうこと、それによって認知症の人が苦悩していることを認識しなければならないと思います。

1)American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5 th ed, 2013
2)Gauthier S et al.: Int Psychogeriatr. 1997; 9(Suppl 1):163-165
3)Nygard L et al.: Acta Neurol Scand Suppl. 2003; 179: 42-46
4)Schmitter-Edgecombe M et al.: Neuropsychology. 2012; 26(5): 631-64
5)Farias ST et al.: Am J Geriatr Psychiatry. 2011; 19(5): 440-450
6)Peres K et al.: Neurology. 2006; 67(3): 461-466
7)K Inamura et al.: Clin Gerontol. 2020; 26: 1-8
8)稲村 圭亮, 繁田 雅弘: 臨床精神医学. 2018; 47(12): 1367-1372