第7回:下剤に頼らない排便ケア-近森病院の取り組み① チーム発足-

排泄ケア(排便ケア)に取り組みませんか

監修 日本コンチネンス協会 名誉会長/コンチネンスジャパン株式会社 専務取締役西村かおる 先生

※近森病院の取り組み内容は『精神看護 2014年3 月号』医学書院の特集記事を元に構成しています。

ポイント

  • 近森病院総合心療センターで2012年にコンチネンスケアチームが発足
  • チームの目標は「下剤に頼らない排便ケア」
  • 患者さんに合わせた排便ケアは、患者さん・スタッフ双方のためになるケア

Chapter1 看護スタッフの取り組み 前編

近森病院総合心療センター

近森病院は高知県高知市の民間急性期基幹病院です。全国に先駆けてチーム医療を推進してきたことでも知られます。
その診療科の一つ総合心療センター(精神科)で2012 年に始まったのが「下剤に頼らない排便ケア」でした。「下剤に頼らない」ことはとても困難に思われます。しかし、総合心療センターでは「下剤に頼らない排便ケア」を達成しました。
スタッフは、どのようにケアに取り組み、どう変わったのか。第7回、第8回の2回にわたって近森病院総合心療センターの取り組みをご紹介します。

総合心療センターを取り巻く状況

現在の近森病院は急性期専門(入院期間3ヶ月以内)となっていますが、「下剤に頼らない排便ケア」に取り組むこととなった2012年当時、総合心療センターは急性期病棟のほかに慢性期病棟があり、患者さんの入院期間は年単位という状況でした。
また、当時の下剤は、上皮機能変容薬や胆汁酸トランスポーター阻害薬などの新規作用機序の薬剤がまだ登場していない、従来薬(膨張性下剤、浸透圧性下剤、刺激性下剤)のみで対処していた時代でした。

長期の入院や精神的な影響から患者さんには便秘が多く問題となっていましたが、当時行われていたのは「イレウスを起こさない」ことに主眼を置いたケアでした。患者さんの状態に関わらず3〜4日排便がなければ下剤を投与、それでも排便がないと浣腸をし、それでも出なければさらに下剤を増やしていました。その結果、患者さんは毎日大量の下剤を服用し、排便があっても下痢という状態が引き起こされていたのです。

この状況に病棟スタッフは疑問を持ち始めます。
「今のケア排便ケアではダメなのではないか」
この疑問をきっかけに、新たな排便ケアに取り組むチームが作られることになったのです。

コンチネンスケアチーム発足

近森病院では早くからチーム医療が推進されてきましたが、排便ケアに特化したチーム医療が行われるのは初めてのことでした。
これまでの排便ケアを見直し、新たなケアを実践するコンチネンスケアチーム。
そのメンバーは、看護師の松永さん、大野さん、安田さん、筒井さん、藤原さん、林さん、介護福祉士の堀内さん、管理栄養士の西森さん、薬剤師の西田さん、各患者さんの担当医、そしてアドバイザーとして西村かおる先生です。

チームの目標は「下剤に頼らない排便ケア」と定められました。

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近森病院総合心療センターへの取材より

排便日誌の改革

メンバーが最初に行ったのは、下剤を処方する医師に交渉することでした。
「下剤に頼らないで、ケアで快適な排便を目指したい」
チームの提案に対し、総合心療センターの医師たちは、それをスムーズに受け入れます。そこには、近森病院の医師が、専門性を発揮しながら、看護職をはじめとする多職種と対等な立場に立ってチーム医療を実践していたことが大きく影響していました。

医師の了承が得られ、改革が始まります。改革の一歩目は排便日誌の整備です。
正しくアセスメントするためには統一された正確な基準で排便を記載することが必要ですが、当時の排便日誌の記載は看護師個々の感覚に任せたもので「中等量」「両手いっぱい」「バナナ一本」など表現がまちまちでした。
統一された基準として便性状についてはブリストル便形状スケール(第2回「排泄ケアの基本」Chapter2 の動画をご参照ください。)を使用することにしました。
問題は「便量」の記載です。
排便日誌の改革を任された看護師の筒井さんが悩んだ末に思いついたのは、ボールに見立てて便量を表現することでした。「ソフトボール」「テニスボール」「ピンポン球」であれば身近にあってみんなが簡単に認識できるはずです。さらに、性状が異なる場合でも、視覚的に量が把握しやすいように、紙粘土で便の模型を作成しました。

この模型をスタッフの目につく場所に設置します。また、各病棟を回って模型を説明し、時間かけて周知を図りました。時には、面会室や病室でも模型を見せながら患者さんに説明し、患者さんとも同じ尺度を持てるようにしていきました。

筒井さんは量を記入する排便日誌についても便の性状、ケア内容など、アセスメントに必要な情報を記載できるように栄養士とも相談しながら、新たな記載方法を考案しました。さらには患者さんにも簡易版の排便日誌をつけてもらうことにしました。

排便日誌を整備することで、正確なアセスメントが可能となっていきました。
排便日誌のほか、新しい排便ケアのアセスメントには、レントゲン画像、申し送り、問診といった様々な方法が用いられました。これらを駆使して、チームは患者さんの腸の動き、腸内環境の状態、腸のどこに便があるのか、排便のタイミングを予測し、便秘の原因をアセスメントします。

アセスメントに基づいたケアでは、下剤の投与によって下痢になっている患者さんの場合、まず下剤の量を減らすことから始めます。そのため、最初は排便回数が減り排便周期や便性にムラが見られるようになりました。この状況にスタッフからはイレウスを心配する声も上がり、不安が生じました。
それでも「下剤に頼らない排便ケア」という目標のためには、大量の下剤投与に戻るわけにはいきません。チームスタッフは戸惑いながらも、コツコツと焦らず、患者さんと向き合ってケアを続けていきます。

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模型:近森病院総合心療センター提供

※Lewis SJ, et al.: Scand J Gastroenterol 1997; 32(9): 920-924

動画説明

ミステリー好きの看護師が薦める記事。そこにはとある病院で起こった出来事が記されていて・・・
今回の動画では、近森病院総合心療センターの取り組みを再現アニメで紹介します。
動画の内容や画像の一部は近森病院総合心療センターよりご提供いただきました。

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ワークシート

ご自身の排便ケアの取り組みを振り返ってみましょう。以下のボタンからダウンロードしてご活用ください。
※ダウンロード版は A4 PDF となります。

回答用

Chapter2 看護スタッフの取り組み 後編

排便に必要な要素

排便には次の要素が必要です。

  1. 腸内環境を整える

  2. 蠕動運動の促進

  3. 適切な排便のタイミングをつかむ

これらの要素を得るために、チームスタッフはケアを選択し、組み合わせて実施していきました。

1.腸内環境を整える

改革前は、腸内環境を考慮せず下剤や浣腸などを繰り返して腸内環境を悪化させるという悪循環を生じさせていました。その結果、慢性的な便秘は改善せず、腹部にガスが貯留し、蠕動運動が低下し、排便が困難となっていました。

改革後は、このような状態に対しては腸内環境を整えるケアを行うことにしました。具体的には、食物繊維、オリゴ糖、乳酸菌の摂取、整腸剤の投与です。

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近森病院総合心療センターへの取材より

2.蠕動運動の促進

蠕動運動の促進には、食事・間食を工夫します。例えば間食にバナナを摂取するなどです。
そして、水分の摂取を適切にします。
さらに、温罨法・腹部マッサージ、運動・入浴といったケアを実施しました。

3.適切な排便のタイミングをつかむ

以前は、直腸まで便が下りてきているのに排便できないタイプの便秘でも下剤を使い、その結果、下痢を引き起こしていました。
新しいケアでは、まずアセスメントを実施します。排便日誌から排便周期を読み取り、腹部の触診や直腸診により便の所在を確認する。こうして患者さんの排便のタイミングを的確にアセスメントできるようになっていったのです。
アセスメントによって排便のタイミングがつかめれば、タイミングに合わせた座薬の使用や摘便で排便できるようになります。しかも、これも一時的なケアで、排便周期に合わせてトイレ誘導をすることで、患者さんには排便のリズムがつき、徐々に自然排便できるように改善していきました。

患者さんの変化

新しいケアは、まず経過観察がしやすい11名を対象としてスタートしました。そのうちの一人Aさんの経過をご紹介します。
Aさん(70代):統合失調症で入院、毎日下剤を大量に服用し、排便がみられなければ3日目を目安に浣腸、下剤による排便があっても常に下痢という状態。
新しいケアでは、毎日の下剤プランはまず継続とし、アセスメントによって腹部の状態を見ながら下剤の量を調整していきました。その結果、下剤の量は大幅に減量することができ、排便回数が減少します。しかし、一方で、排便周期や便性状にはムラが見られ、スタッフの間にイレウスの不安が生じました。
便の性状を整えるためにオリゴ糖の摂取が開始されます。さらに、温罨法・腹部マッサージ行い、運動を実施しました。このケアを続けた結果、座薬を使ってでしたが、二、三日に一度の排便が見られるようになり、性状、量ともに正常範疇と、劇的に改善しました。そして、ケアは最後のステップ、排便反射の起こりやすい食後の「トイレ誘導」へと進みました。
ケアを始める前、便意や排便する力が弱かったAさんは、ケアを続けた結果、次第にその力を取り戻し、便意の訴えに合わせてトイレ誘導することで、1日〜2日間隔で下剤に頼らない自然排便が見られるようになったのです。
ついに自然排便を達成したAさん。最初は車椅子移動だったのが、排便状態の改善とともに、自力で歩いてトイレに行けるようになるという、身体的にも精神的にも大きな変化を遂げていました。

病棟スタッフの変化

コンチネンスケアチームの取り組みは、だんだんと周囲からの評価を受けることとなり、チームが目指した「下剤に頼らない排便ケア」は標準的で普通の看護として、総合心療センターで日常的に実践されるようになっていきました。その結果、病棟スタッフにケアに対して様々な変化が見られました。
改革が始まる前は下剤を投与するケアが群を抜いていましたが、改革後はトイレ誘導、腹部マッサージ、温罨法などの自然排便を促すケアが増加し、下剤の投与が減少しました。
トイレ誘導に関しては、改革前は誘導自体をケアと認識されていなかったのですが、改革後は患者さんに合わせた排便を促すケアとして認識され、実施されるようになりました。
また、スタッフからケアに対して満足や必要性・効果を感じている声が聞かれるようになりました。

改革当時のコンチネンスケアチームスタッフの想い

看護師 安田さん

「改革以前から精神科患者の便秘は困った問題だと認識していましたが、当時は日頃多忙な業務に追われる中で、3〜4 日排便がなければ下剤を服用してもらい、翌日に反応便がないと浣腸やさらに下剤を増薬して服用という排便ケアがルーチン化していました。しかし、便性状に関係なく連日多量の下剤を服用させる排便介入が、患者さんを尊重した排便ケアになっているのか、疑問に思う心は常にありました。
新しいケアでは、個々の患者さんに合わせたケアを実施することで、患者さんの負担が減りました。下剤によって便は出るけれども下痢になり便が漏れるといった状況が減っていったのです。その結果、おむつ交換が楽になり、我々の業務の短縮化にもつながりました。そして、チームスタッフがケアに確信を持つことで、周囲へも『下剤に頼らない排便ケア』に対する理解の輪が広がったように思います。」

看護師 筒井さん(排便日誌の改革を担当)

「排便日誌は改革後、基準に沿った表現になったことで信頼できる記録へと変わっていきました。模型を患者さんとの会話が生まれやすいスタッフステーションのカウンターに置くことで、会話しながら量を照らし合わせることができるようになりました。看護師からは『アセスメントがしやすくなった』『記録がしやすくなった』と言った意見が聞かれました。
また、患者さんから『今日はピンポン球3個出たよ』などと表現してもらえることが増えました。患者さんと医療者の間に共通認識が生まれ、このような会話ができるようになったことがとても嬉しいです。」

看護師 林さん

「改革後、病棟スタッフから『温罨法や腹部マッサージをして患者さんから気持ちがいいなどの反応があったときは、ケアをしてよかったとすごく達成感を感じる』という声を実際に聞くことができました。コンチネンスケアチームが中心となり、病棟スタッフを巻き込んで排便ケアに取り組んだことで、スタッフ全体の意識が変容したと感じています。」

介護福祉士 堀内さん

「改革当時、腹部マッサージや温罨法などを取り入れることで、行う業務が増え、スタッフの負担は大きくなりましたが、スタッフの粘り強い協力によって、Aさんをはじめ多くの患者さんに劇的な改善を見ることができました。排便コントロールがうまくいくようになると患者さんの精神状態も良い方向に変化が見られました。
新しいケアを始めた当初は結果が見えず手探り状態で様々な葛藤がありました。下剤を減らすことで、チームのスタッフにイレウスの心配がなかったわけではありません。それでも、徐々に変化が見えてきたことで、前向きに取り組み続けることができました。」

看護部長(当時) 松永さん

「改革の当初、下剤を投与しないことに対し、実は患者さんが一番不安を感じていました。時間をかけて何度も何度も患者さんに説明し、協力を得ることができたのは、看護職との信頼関係の積み上げです。また、スタッフの間の価値観の違いがありました。
そういう時は十分にディスカッションを行いました。コンチネンスケアスタッフは、楽しみながら成果をあげました。そして得られた成果は『患者さんの心と身体の快適さ』です。」

現在の近森病院総合心療センター

コンチネンスケアチーム発足から10年が経過した現在、近森病院総合心療センターは病棟編成が慢性期を除いた急性期の2病棟編成となるなど、状況は大きく変わっています。排便ケアに特化したチームは現在では作られていませんが、個々の患者さんに合わせたケアは今も続けられています。
現在のケアについて、改革当時チームメンバーだった介護福祉士の堀内さん、看護師の筒井さん、看護師の安田さんにお話を伺いました。

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介護福祉士 堀内航介さん

「現在は、急性期専門となり入院期間が3ヶ月以内となりました。
排便ケアに関しては、入院中のケアはもちろんでありますが、ご自宅に戻っても継続できる方法を入院中に提案したり、トレーニングするという方向にシフトしています。
精神科の患者さんは繰り返し入院することがあり、病状の悪化とともに排便状況も悪くなることが多く見られます。
入院中は、排便のリズムを整える、あるいは、前回入院時の排便コントロールがうまくいっている方にはさらに一歩進めたケアを提案する、というように患者さんの状況に合わせたコントロール方法を考えています。」

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看護師 筒井恵美さん

「当時使用していた便の模型は、現在も残っています。現在は、スタッフステーションのカウンターには置いていません。これは、スタッフの中に共通の認識が浸透したためと思われます。現在でも『ピンポン球2つ』というような表現方法は続いていて、それでみんなが同じ量を思い浮かべることができるようになっています。新しいスタッフが入ってきたときは、共通認識を持ってもらうために、模型が再登場します。」

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看護師 安田親司さん

「排便ケアの介入にかかわらず、精神科看護の真髄である『看護観』を大事にしています。看護観に基づいてそれぞれのスタッフが必要に応じて判断をして患者さんに関わり、指導を行っています。現在はスタッフに『下剤に頼らない、個々の患者さんに合わせた』排便ケアという認識が定着しています。また、アセスメントをしっかりと行い、ケアを行うことで自然排便に導けるという自信・余裕を持つスタッフが増えてきています。」

コンチネンスケアチーム発足以降、総合心療センターには「アセスメントに基づいた下剤に頼らない排便ケア」が文化としてしっかりと根付いていました。
この成功には多職種によるチーム医療が欠かせません。 次回は、栄養士・薬剤師の取り組みについてご紹介します。

動画説明

近森病院総合心療センターの取り組みを再現アニメでご紹介します。
動画の内容や画像の一部は近森病院総合心療センターよりご提供いただきました。

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ワークシート

ご自身の排便ケアの取り組みについて振り返ってみましょう。
※ダウンロード版は A4 PDF となります。

回答用

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